星は動いてる

偶然の出会いが迷い人の明日を輝かす物語と日々のこと

あゆむの場合(1)

季節はずれの気温。まだ4月なかばだというのに、初夏の陽気だ。
気温もそうだが、自分の就職活動も全くもって季節はずれだ。

商店街を少し入ったところで、純喫茶風といえば聞こえはいいが、近所の常連さんがサンダル履き、新聞持参で利用しそうな店を見つけた。
うちはこんな感じでやってます。よかったらどうぞ的な、訪れる客に全く媚びてない感じの店。(ここでいいや。ちょっと休憩。)

ドアを開けると、ドアベルが鳴る。「チリンチリン」これぞ昭和レトロ。
「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞー。」店のカウンター奥から年配の女性の声。入り口から2列目の席に座る。

年季が入ったテーブル、赤いベルベット風のシート。席に着くと、ふんわりとしたシルバーヘアの女性がにこやかにメニューを持ってきてくれた。ちらっと目を通しアイスコーヒーをたのむ。

壁には見覚えのない商品を手に、見覚えのない人物のセピア色のポスター。
” コーヒー、紅茶とご一緒にどうぞ ” 手書きコメントのついたチーズケーキの写真。ずいぶん前から何も変わってないんだろうな。気負ってないところがいいっちゃいい。

通路をはさんだ横の席には女性2人。テーブル中央に置かれた紙を覗き込み何やら神妙な様子。友人同士というわけでもなさそうだ。

運ばれてきたアイスコーヒーには、小ぶりの白い陶器製ピッチャーとステンレスピッチャーが添えられている。プラスチック容器のミルクとガムシロじゃない。それぞれから少しづつをアイスコーヒーに注ぎ、ストローを差し一口飲む。
アイスコーヒー用の豆を挽いた本格的な味。おいしい・・・ほっとする。
手ごたえの薄かった面接の残念な気分を少し和らげてくれる。(とりあえず頑張った。後は神のみぞ知る領域。)自分に言い聞かせもう一口飲む。

「えっ。何でわかるの」横の席から大きな声。
あまりに大きな声を出してしまったことを恥じるかのように、手を口に当てたまま話続ける女性。「おっしゃるとおりです。」

込み入った話なのだろうか。
あなた達の話は聞いていませんよをアピールするために携帯画面に見入っている振りをする。(何の話だろう)

やはりテーブル中央の紙を覗き込みながら話が進んでいるようだ。保険のセールス?はたまた語学学習?携帯画面に目を落としたまま聞き耳を立てる。

聞こえてくる会話の内容から察すると、どうやら占いのようだ。
大きな声を出してしまった女性は30代くらい。⇒ 占われている人。
4,50代くらいの女性。 ⇒ 占っている人。=占い師?だろうか。

「今年の5月頃までは、気分の落ち込んだ感じが続くかもしれません。でも、5月を少し過ぎた辺りから気持ちはグッと楽になるはずです。もう少しの辛抱ですかね。」
「大丈夫。良い時もあれば悪い時もあります。」
「でも、ずっと良いまま、ずっと悪いままはありません。星は動いています。人生も常に動きますから。」

「ずっと良いまま、ずっと悪いままはありません。星は動いています。人生も常に動きますから。」

「人生も常に動きますから・・・」我を忘れ、携帯画面から彼女たちへと視線を向けてしまう。
そうだ。そうだった。
「ずっと良いまま、ずっと悪いままはない。」
たまたま立ち寄った喫茶店で泣きそうになるとは、自分も結構きてるな・・・。

「ありがとうございました。そろそろ時間ですよね。」占ってもらっていた女性が椅子から立ち上がる。
「そうですね。そろそろですね。」壁の時計を見ながら占いの女性が答える。

占ってもらっていた女性は 「ごちそうさまでした。」とカウンター奥に声をかけ入り口横のレジへ向かう。
「ありがとうございましたー。」シルバーヘアーの女性が答える。

占ってもらっていた女性は口元を少し緩め、ドアの前で軽く頭を下げ店を出た。
「チリンチリン」

自分の他に客はおらず、占いの女性がテーブルを片付ける音とシルバーヘアーの女性が食器を洗う水音だけが静かな店内に響く。

むくむくと盛り上がってきた気持ちを抑えきれず、片付け途中の占いの女性に声をかけてしまう。
「あのー。先ほど耳にしてしまったのですが、占いをされる方なんですか。」

つづく・・・